「防衛産業を、これからの日本の新たな成長分野に」
そんな威勢のいい掛け声、スローガンが、政府や経済界から聞こえてきます。安全保障環境の激変を受け、防衛装備品の輸出解禁や国内調達の拡大が国策として進められています。しかし、ここでも私たちは、前回指摘した「お仕着せの成長分野」の罠、そして第1回で論じた「身体性の喪失」という深刻な現実に直面することになります。
現状は、号令とは裏腹に、極めて冷徹な事実を突きつけています。
半世紀の「減反」が奪ったもの
長年、武器輸出を厳しく制限し、防衛予算を抑制し続けてきた日本。その結果、防衛産業の現場で起きたのは、製造業としての「火」が消えることでした。
武器を輸出できても造れない日本 半世紀の「減反」が残したツケ - 日本経済新聞
これを日経新聞は、農業の「減反」になぞらえています。一度作付けをやめて荒れ果てた田畑は、明日から「成長分野だから米を作れ」と言われても、すぐに豊かな実りを得ることはできません。防衛産業も全く同じです。
いざ国策として「造れ、輸出せよ」と舵を切っても、現場の熟練工の溶接技術、特殊素材の加工ノウハウ、そして何より「自前で設計し、カタチにする」という生産の勘所(身体性)が、半世紀にわたる縮小の中で失われてしまっているのです。防衛という究極の国家基盤においてすら、私たちは「身体」を腐らせてしまっていました。

「安全保障された劣位AI」の悲劇
私たちが熱狂するAIの世界にも、この「身体の壊死」は影を落としています。
国策として「データ主権を守るために国内AI(ソブリンAI)を育てよう」という議論があります。海外のビッグテックに依存しすぎるのは、安全保障上、確かに危険です。しかし、どれほど「ソブリンは大事だ」と叫んだところで、現実に起きるのは別のシナリオではないでしょうか。
現場の経済活動や、それこそ一分一秒を争う防衛・行政の最前線では、「国産だが性能が劣るAI」と「データを抜かれるリスクはあるが圧倒的に高性能な海外AI」の二択を迫られたとき、生き残るために後者を選ばざるを得ません。
安全保障のための国産AI、念のためのポーズとして予算をつけて持っておく。しかし、日々の現実の戦い(競争)では、強い海外AIに寄っていく。これは、どれほど言葉で「国産」を応援しても、経済や技術のリアリズムの前には機能しないという構図。悲しき、これが日本の現実なのでしょう。
脳だけがあっても、器がなければ意味がない
どれほど高度な防衛AI(脳)のアルゴリズムを国内で開発できたとしても、それを搭載して実際に空を飛び、海を渡るドローンや防衛装備品という「確かな器(身体)」を自前で造れなければ、結局は物理的なハードウェアを外資から買わされることになります。
それは、ビッグテックの「計算資源(GPU・データセンター)」という地主に小作料を払い続ける構図と、何も変わりません。
「17の成長分野」という言葉に踊らされ、目に見える華やかな「知能(ソフトウェア)」のビジネスにばかり資金と人材を投じる一方で、「生産基盤」という土台を無視し続ける。この歪みこそが、今の日本の最大の脆弱性です。
物理的な生産力を失った国が、机上のデータだけで主権を守ることなど不可能です。私たちは、かつて持っていた「具現化する力」の価値を、この国力の根幹である防衛の危機から、もう一度見つめ直さなければならないのではないでしょうか。
次回予告:資本のゲームと「責任の設計」 連載の最終回。ビッグテックが直接、日本の「現場」を占領しに来る「AIの受託化」の衝撃とは。知能の植民地化が進む狭間で、私たちが死守すべき「人間側にしか残されていない領域」を提示し、この連載の総括とします。
「参考文書」
AI企業が「受託」を始めた日。エンジニア、PM、デザイナーはどうこの先生きのこるか|深津 貴之 (fladdict)


