政府が提示した、2040年度までに官民で総額370兆円を投じるという「戦略17分野」のグランドデザイン。その広大な地図を広げたとき、私たちの視線は「どこに強い日本を作る成長の種があるのか」という探索へと向かう。しかし、直近の二つの生々しいニュースの断片を重ね合わせると、その華やかな数字の裏側に横たわる、静かな、けれど決定的な「言葉と現実の乖離」が浮かびあがってくる。
サイバーセキュリティ:片山金融相のグーグル「歓迎」と17の成長分野の「お題目」
片山さつき金融相は、米グーグルから提案された先端AIを用いたサイバー防御技術の提供打診を「歓迎」し、国内3メガバンクでの利用開始を発表した。
片山金融相「Googleから提供打診」 先端AIを使ったサイバー防御 - 日本経済新聞
システムの脆弱性を自動で見つけ出し、修復まで行うというその「頭脳」の導入を、片山氏は「国益に資するようにうまく選択していきたい」と言い添えた。
だが、ここで一度立ち止まって、政府が掲げる「17の分野」をもう一度見返してみたい。そこには確かに「サイバーセキュリティ」の文字が成長分野として並んでいる。 防衛の要となる中枢のアルゴリズムを海外プラットフォーマーに委ね、その利用料というコストを支払い続ける構造を、自ら進んで「歓迎」する。この現実は、私たちが目指す「国産の成長分野」というお題目と、どう整合性を取ればよいのだろうか。安全保障の土台を海外に依存しながら、それが国内産業を潤す成長のエンジンになるというロジックには、どこか奇妙な歪みが漂っている。
米アンドゥリルと「シールド構想(ドローン)」:「国策の果実」の行方
この、依存と自立のねじれは、サイバー空間から物理的な最先端防衛の現場へと、相似形のように連鎖している。
ロイター通信などが報じたところによると、政府は2027年度までに数千機のドローンを配備し、沿岸部で敵の上陸を阻む「シールド(盾)構想」を計画している。GDP比2%へ上積みされた防衛予算という巨大な国策の果実を求め、各国の防衛企業が日本への参入を目指すなか、米国の新興防衛テック「アンドゥリル・インダストリーズ」が、日産自動車の追浜工場跡地の取得協議を進めていることが明らかになった。
米新興防衛アンドゥリル社、日産の追浜工場取得を協議 無人機の生産拠点に=関係者(ロイター)
アンドゥリルはすでに東京拠点を立ち上げ、日本政府が目指している「日本製部品だけを使ったドローン」の試作品を発表済みだという。複数の日本企業と提携し、サプライチェーンを日本国内で完結させる「純日本産ドローン」の開発を進める彼らの素早い動きは、一見、日本のモノづくり産業への恩恵のように映る。
しかし、その中身を読み解くとき、私たちは一つの問いに突き当たる。 米空軍から有人戦闘機に伴走する自律型ドローンの量産を発注されるほどの、圧倒的な「自律型AIという頭脳」を持つ彼らが、なぜわざわざ日産の工場跡地を押さえ、「純日本産」の看板を掲げて歩み寄ってくるのか。それは、日本の防衛予算、すなわち「シールド構想」という国策の果実を、彼らの最大の武器であるソフトウェアの力で総取りするためではないか。

サイバーの頭脳をグーグルに委ね、防衛の盾(シールド)となる無人機の主導権も、インフラごと国内に浸食してきた米国の新興防衛テックに握られる。一見、国内の部品メーカーが潤い、最先端の防衛体制が整うかのように見えるこの景色は、視点を変えれば「米国の支え(全面依存)がなければ自衛の形すら維持できず、成長分野としての強い日本も成立しない」という脆さを内包している。
イスラエルの合理性
この冷徹な地政学的現実を前にしたとき、小国イスラエルが実践する「戦略性と論理性」という別の選択肢が、私たちの視野に浮かび上がってくる。
彼らの作法は極めて冷徹だ。クラウドやOSといった汎用的な基礎基盤の領域においては「米国に依存する」と最初から完全に割り切っている。その代わり、軍の知見を民間に還流させ、独自のサイバーセキュリティ技術や軍事ドローンという「特定の1点」のみに国家の資源を集中投下する。そうして研ぎ澄まされた独自の強みを世界に輸出し、外貨を稼ぐことで、防衛という巨大なコストを国を潤す「デジタル黒字化の循環」へと変える計算がそこにはある。
まとめ
ひるがえって、我が国の景色はどうだろうか。
サイバーの頭脳を外資に差し出し、国費を吸い上げられる現実の横で、我が国は今、ソニーやホンダ、日本製鉄など国内大手40社超をかき集めた「国産AI連合」という横並びの神輿を再び担ごうとしている。
国産AI開発の全容判明、製造業軸に40社超 シャープ・大和ハウスも - 日本経済新聞
かつて「日の丸液晶」や「日の丸半導体」で、敗戦の本質的な総括も、冷徹な「選択と集中」もできぬまま、総花的な横並び構造で自滅していった過去の作法が、そこには形を変えて透けて見えるような気がする。
グーグルやアンドゥリルへの依存が、過渡期における一時的な補完であるというのなら、その間に私たちは「負けを認め、どこを捨て、どこでなら世界をハックできるか」を計算し尽くさねばならない。その冷徹な戦略性もないまま、大手企業を網羅した40社連合の看板を掲げるだけで、本当に世界に勝てるのだろうか。安全保障の心臓部を海外に委ねたこの国で、本当にそれが「強い日本を作る17の成長分野」の答えになり得るのだろうか。
私たちが直視すべきは、言葉の裏で静かに進行するこの国策の空洞化そのものなのかもしれない。
「参考文書」
欧州の防衛ドローン企業が日本に製造拠点 輸出視野、丸紅が進出支援 - 日本経済新聞















