「これからは、ソフト(AI)がすべてを支配する。ハードウェアはただの『モノ』に過ぎない」
そんな言葉が、まるで絶対的な真理であるかのように産業界を覆っています。かつてPCの盟主だった日本の大手メーカーたちは、利益の出にくいPC事業を切り離し、目に見えない「ソリューション」や「サービス」へと軸足を移しました。
しかし、その「常識」が覆る動きが出てきました。そこにこそ、「AI時代の主権」のあり方が隠されているのではないでしょうか。その二つの事例を眺めてみましょう。私たちが忘れてしまった何かがあるはずです。
なぜAppleは「ハード屋」をトップに据えたのか
Appleは次期CEOにハードウェアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントのジョン・ターナス氏を指名しました。
アップル次期CEOターナス氏が担う重責 AI時代の“ハード”な船出:日経ビジネス電子版
生成AIの波に乗り遅れたと囁かれることもあるAppleが、この「知能の時代」の舵取りを、ソフトウェアの専門家でもAIの科学者でもなく、ハードウェア責任者に託したのです。
この人事が示唆するのは、Appleの冷徹なまでの自己定義です。いかに優れたAI(脳)が登場しても、それを「ユーザーが肌身離さず持ち歩く、信頼できる道具(身体)」として完成させなければ、AIはただの空虚なプログラムで終わるということを彼らは知っているのです。
独自のチップを磨き、プライバシーを守る強固なモノを造り、電力効率を突き詰める。その「身体的な磨き込み」があるからこそ、彼らはGoogleやOpenAIといった外部の「脳」を自由に入れ替え、自分たちの支配下で機能させることができるのです。
ノジマが買収したVAIOが過去最高の出荷台数を記録
一方、日本国内に目を向ければ、さらに興味深い現象が起きています。かつてソニーから分離し、苦境に立たされていたVAIO。それを家電量販店大手のノジマが手に入れたことで、VAIOは2026年3月期、第4四半期の出荷台数で過去最高を記録しました。
VAIO事業が絶好調のノジマ、第4四半期の出荷台数は過去最高に 「AI PC」需要で次期も成長を見込む - ITmedia PC USER
多くの国内メーカーが「ハードはコモディティ(日用品)化し、差別化できない」と匙を投げた中で、ノジマは逆の確信を持っていました。現場での接客を通じ、ユーザーが「少し高くても、安心して長く使える、確かな日本製」という「信頼」を求めていることを知っていたのです。
今、VAIOの絶好調を支えているのは「AI PC」への需要です。AIという最新の知能を安全に、かつ高速に動かしたいという切実なニーズです。皮肉なことに、かつて捨てられたはずの「高品質なハードウェア」が求められているのです。
「身体」を棄てた者に、AIを操る資格はない
この二つの事例が私たちに突きつけているのは、「身体」なき知能の脆さです。
多くのIT企業や電機メーカが外資のAIを導入し、ソリューションを提案するようになっています。しかし、そこには自前の「物理的な接点」インターフェースはありません。30年以上前に流行った「IBMビジネス」の再来なのでしょうか。一方、Appleやノジマはハードウェアをインターフェースとして顧客とのつながりを強化しています。
「ハードは重荷だ」と切り捨てた日本の大手メーカーのトップたちは、自らが知能の「主(あるじ)」ではなく、ただの「小作人」へと転落していることに、いつ気付くのでしょうか。
AI時代において、真の付加価値は「脳」ではなく、その脳が宿る「身体」の側に移りつつあるようです。私たちは、自分たちがかつて持っていた、この「具現化する力」の価値を、もう一度定義し直す必要があるのではないでしょうか。
次回予告:IBM型ビジネスの罠 日本企業が模倣し続けた「ソリューション」の正体とは何か。楠木建氏の「馬と自動車」の比喩を引きながら、既存の課題解決に埋没し、新しい需要を創出する力を失った構造的欠陥を解き明かします。
「参考文書」
Apple、AI全盛期に「ものづくり」で勝負へ ティム・クック氏退任の深層 - 日本経済新聞
VAIO買収のノジマ M&A巧者の成長戦略と10年で株価6倍の理由|Infoseekニュース


