私たちは今、テクノロジーの歴史において、もっとも奇妙な逆転劇の渦中にいます。
生成AIという「脳」の進化に、世界が熱狂しています。画面の向こう側の知能が、詩や曲を書き、コードを綴り、人間の知性を軽々と追い越していく。その目覚ましい進歩に目を奪われ、私たちは「これこそが未来の正体だ」と確信しそうになります。
しかし、その熱狂の裏側で、静かに、しかし決定的な「断絶」が起きています。
知能を跪かせる「物理」の力
現在、AIの世界で起きているのは、単なる知能の競い合いではありません。
「アンソロピックは邪悪」と呼んだマスクが、22万基ものGPUを貸し出す──AI業界「計算資源不足」の象徴 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
イーロン・マスク率いるxAIが、ライバルであるはずの理想主義的なAI企業、アンソロピックに膨大な数のGPU(画像処理半導体)を貸し出すというニュースが象徴するように、今や「知能(脳)」の格差以上に、それを駆動させる「計算資源(身体)」の格差が勝敗を分かつ時代になっています。
GoogleやMicrosoftといったビッグテックが、巨額の資金を投じて独自の半導体を設計し、巨大なデータセンターという名の「物理的な城塞」を強化し続けているのはなぜか。それは、知能がいかに進化しようとも、それを動かすための「物理的な基盤」を握る者こそが、最終的な主権(地主)になれることを熟知しているからです。
見失われた日本の「身体」
翻って、かつての日本が得意とした、具現化する力はどうでしょうか。これを、私たちは「重荷」として手放し始めてはいないでしょうか。
大手メーカーが家電やPCといった「物理的な身体」を切り離し、目に見えないサービスやソリューションという「知能」の商売へ舵を切る。銀行が自らのシステムという「心臓部」を、外資のクラウドという「借り物の身体」へ委ねていく。
それは一見、効率的でスマートな戦略に見えます。しかし、そこにはひとつの大きな陥りがあります。
どれほど賢い「脳」が普及しても、その知能を宿す「唯一無二の身体」を持たない者は、結局のところ、物理的なリソースを握る強者の「小作人」になる道を免れない、という現実です。
(『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』:「経常収支は黒字でも、実際には円売りが出やすい、外貨が流出しやすい構造(=仮面の黒字国)」であることが語られています。デジタル赤字の拡大やエネルギー価格、対内直接投資の低迷など、構造的な要因で実質的に円が売られやすい状況についても述べられています。)
逆行する勝者たち
一方で、この時代のうねりにあえて逆行する者たちがいます。
アップルは次期リーダーに「ハードウェア」の責任者を選び、国内では小売業者が、メーカーの捨てた「身体」を拾い上げることで、AI時代の新たな信頼を構築し始めています。彼らは、知能がコモディティ化する時代だからこそ、手元にある「物理的な接点」新たなインターフェイスこそが最後の聖域になると信じているのです。
問い直すべき「生存の定義」
国が掲げる成長戦略の枠組みの中で、私たちは「既存の改善」にエネルギーを浪費してはいないか。「安全保障」を唱えながら、自前で物理的な基盤を造る力を腐らせてはいないか。
この連載では、一見バラバラに見える「半導体の自製化」「CEOの交代」「防衛産業の苦境」といったニュースをひとつの線で結び、私たちの産業が直面している「空洞化」の正体を読み解いていきます。
「私たちは、何を信じ、何に責任を持ち、何を残していくのか」 この「骨折り損」の時代において、人間側に残された最後の領域を、共に考えていければと思います。

