日本政府が主導する「AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)」構想を旗印に、アンモニア混焼技術を東南アジアで推進する日本の重工業界。メディアが描く「現実的な移行」という耳ざわりの良いフレーズに守られたその姿は、一見、国内の巨大な雇用とサプライチェーンを維持しながら脱炭素を成し遂げる、極めて堅実で合理的な経営戦略のように映る。
Challenging Japan's promotion of ammonia co-firing for coal power generation(E3G)
しかし、一歩その内幕を覗き込めば、そこにあるのは戦略的な合理性というよりも、レガシー(過去の遺産)を捨てる手間を惜しみ、変化に伴う痛みを恐れる「茹でガエル」の構造である。
日本の重工業経営陣は、世界のクリーンテックの進化スピードや、資本市場の冷徹な視線が見えていないわけではない。にもかかわらず動けないのはなぜか。それは、戦後日本の高度経済成長を支えてきた巨大な既存システムを「温存すること」自体が目的化し、抜本的な外科手術を拒む組織の病理が働いているからだ。この停滞を打破するための処方箋は、かつて世界最大の複合企業(コングロマリット)でありながら、自らを解体する道を選んだ企業の歴史の中に隠されている。
GEの解体とウェルチ改革の本質
かつて市場を席捲し、その後、時代の変化に合わせて自らを「航空」「医療」「エネルギー」の3つの独立した企業へと完全に解体(スピンオフ)する決断を下した米ゼネラル・エレクトリック(GE)。この世紀の自己解体の源流にあるのが、1980年代から同社を率いたジャック・ウェルチの経営思想である。
ウェルチがその名著『わが経営』や『勝利の経営』で遺した思想の本質は、単なる冷酷な人員削減ではない。それは、徹底的に現実を直視し、リソースを再配分する「トリアージ(選別と集中)」の覚悟であった。
彼が率いたGEの代名詞とも言えるのが、「市場でナンバーワンかナンバーツーになれない事業からは、完全に撤退する(Fix, Sell, or Close:修正するか、売却するか、閉鎖するか)」という戦略だ。どれほど歴史があり、社員に愛されている看板事業であっても、グローバルな競争力がないと判断すれば、痛みを引き受けて即座にメスを入れた。
さらにウェルチは、組織を腐らせる最大の病として「率直さの欠如」を挙げ、「物事をあるがままに見ることであり、自分がそうあってほしいと願う姿で見るのではない」と説いた。
このウェルチの冷徹なリアリズムの鏡に、現在の日本の重工業界の姿を映し出したとき、私たちが「現実的」と呼んでいるものの正体が鮮烈に浮かび上がってくる。
構造の解剖:なぜ日本の重工トップは「外科手術」を拒むのか
日本の重工業界が、GEのような抜本的な解体や、ドラスティックな事業ポートフォリオの再編(トリアージ)に踏み切れないのはなぜか。それは経営陣の能力不足という単純な話ではない。戦後型の終身雇用、ピラミッド型の系列サプライチェーン、そして「官民一体の護送船団システム」という強固な形式が、構造的にそれを不可能にさせているのではないだろうか。
日本の重工業が抱える既存の巨大な火力発電事業は、単なる一事業セクターではない。そこには何万人もの社員の生活、いくたもの下請け企業の生計、そして経産省をはじめとする官庁のエネルギー政策(国策)という利害のネットワークが、網の目のように張り巡らされている。
この網の目の中で、ウェルチのように「グローバルな勝算がないから、この事業を売却・閉鎖する」という外科手術を断行すれば、既存のシステムは崩壊し、凄まじい摩擦と痛みが伴う。
だからこそ、政府や経営陣にとって「AZECの推進」や「アンモニア混焼による既存火力の延命」は、極めて都合の良い免罪符として機能するのだろう。世界のリアリズム(中国のリープフロッグや欧米の再エネ主権投資)を直視することを避け、「現実的な移行」という美しい言葉を盾にして、自分の任期中にその大手術という「泥」を被らずに済むように働くのであろう。
手間を惜しみ、痛みを恐れるための合意形成。これこそが、ウェルチの最も嫌った「率直さの欠如」だ。日本の重工業の茹でガエル構造の正体なのであろう。
まとめ:求められる「解体」という覚悟
組織の形、利権の形、雇用の形。そうした古い「形式」システムを無傷のまま守ろうとするあまり、事業の「中身(本質的な競争力)」を茹でガエル化させる日本の重工業の姿は、私たちの社会全体の縮図でもあるのかもしれない。
官民の温室(ぬるま湯)にこもって時間を稼ぐ「延命」は、決して持続可能ではない。私たちが「ゆっくり変われば大丈夫だ」という願望の投影を「現実」と呼び替えている間に、グローバル市場における日本のプレゼンスは確実に削り取られていく。
いま日本の重工業界に求められているのは、内向きの防壁を高く積み上げることではない。自らが帯びている「システム維持」という色を冷徹に点検し、あの時のGEのように「自らを解体する」ことを選択肢に入れる経営のアップデートだ。それは、すなわち痛みを引き受ける覚悟でもあるのであろう。
「参考文書」
Global Days of Action Against Japan's AZEC Greenwashing Scheme
アンモニア混焼に欧米冷ややか 日本が取るべき政策は - 日本経済新聞


