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原油急伸、トリプル安、為替介入 ― その売却益の使途は? 国民の痛みで「ホクホク」する政治の不透明

円相場が再び1ドル=160円を突破しました。イラン情勢の混迷化に伴い、WTI原油価格が再び110ドル超える上昇したことが理由です。エネルギーの大部分を外貨に頼る日本にとって、それは経済の心臓部を締め上げる最悪のシナリオです。

日経平均終値632円安 「トリプル安」誘った原油急伸と米メタ下落 - 日本経済新聞

節目の160円が突破されてことを受け、政府・日銀が為替介入に動いたようです。160円台から一気に155円台へと押し戻され、一見すると「断固たる措置」による外交的、経済的な勝利のように映ります。

しかし、視線を少し南へ転じれば、そこには驚くほど似通った景色が広がっています。インドネシアの通貨ルピアもまた、歴史的な安値に沈み、政府による必死の介入が続いています。

インドネシアで歴史的通貨安 ばらまきや縁故主義に中東危機が駄目押し:日経ビジネス電子版

一方は「成熟した先進国」、一方は「成長著しい新興国」。立ち位置の異なる二つの国が、今、全く同じ「トリプル安」という泥沼に足を取られています。

この既視感の正体は何なのか。そして、この歪みの中で「ホクホク」と利益を享受しているのは誰なのか。

私たちの生活を侵食する「悪い円安」の正体を、インドネシアという写し鏡を通して読み解いてみたいと思います。

トリプル安という「国家へのレッドカード」

現在、日本とインドネシアが直面しているのは、単なる「通貨安」ではありません。通貨、債券(金利)、株式が同時に売られる「トリプル安」という、市場からの極めて厳しい拒絶反応です。

本来、原油高という外部ショックに対して、通貨は「クッション」として機能すべきものです。しかし、今の両国にはその弾力性が失われています。

  • 通貨安: WTI原油が110ドルを超え、下落してもなお100ドルの大台を割り込まない「高止まり」の状態が、貿易赤字を固定化させています。資源を買うために円やルピアを売らざるを得ない「実需の売り」が、通貨の価値を底なし沼へと引きずり込んでいます。

  • 債券安(金利上昇): インフレを抑えるための利上げ観測が、国債の価格を押し下げます。特に日本では、膨大な政府債務を抱えながらの金利上昇が「悪い金利上昇」として、財政への不信感を増幅させています。

  • 株安: コストプッシュ・インフレによって企業の利益が削られ、さらに「政府のガバナンスへの不透明感」が投資家を株から逃避させます。

ここで注目すべきは、インドネシアが「縁故主義」や「バラマキ」といった政治的不透明さを理由に売られているのに対し、日本もまた、別の形の「不透明さ」によって評価を下げている点です。

それは、抜本的な産業構造の転換を先送りし、円安によって生じた「一時のあぶく銭」を財源に充てようとする、場当たり的な政治姿勢です。市場は今、両国に対して「その場しのぎのハックでは、この地政学的な荒波は越えられない」というレッドカードを突きつけているのかもしれません。

(日本が直面しているのは「一時的な為替の変動」ではなく、構造的な「国力の減退」である。その冷徹な分析は、今回の介入が抱える限界を浮き彫りにします。)

「ホクホク」という名の倫理的欠如 — 収奪の肯定

ここで、高市首相がかつて口にした「円安でホクホク」という言葉の正体を、冷徹に解剖しなければなりません。

政府が為替介入で手にする数兆円規模の「売却益」。それは、かつて100円前後で手に入れたドルを、160円という歴史的な安値で売り払うことで確定する利益です。しかし、この利益の出所はどこでしょうか。

それは、国民が日々のスーパーでの買い物や、ガソリンスタンドでの給与の目減りを通じて支払った「輸入コスト」そのものです。国民が物価高に喘ぎ、生活水準を押し下げられた結果として、政府の「外国為替資金特別会計(外為特会)」という巨大なブラックボックスに溜まったおカネは、いわば「国民からの収奪の結晶」です。

インドネシアのプラボウォ政権が、財源の裏付けのない「無料給食」というバラマキで国民の支持を繋ぎ止めようとする姿を、「ポピュリズム的で不透明な政治」と批判します。しかし、日本政府が円安の歪みから生じたあぶく銭を、抜本的な経済改革ではなく防衛費の増額や一時的な給付金の「打ち出の小槌」として利用する姿は、果たしてそれと何が違うのでしょうか。

国民の犠牲を政府の「成果」にすり替える。この倫理的欠如こそが、今の日本政治が抱える「不透明さ」の正体であり、市場が日本という国に対して抱く不信感の根源のようです。

介入は「解決」か、それとも「延命」なのか 

今回の介入で円相場が一時的に急騰したことは事実です。しかし、これは「状況を解決した」のではなく、膨大な「過去の遺産」を切り崩して時間を買ったに過ぎません。

円急騰、海外で一時155円台 政府・日銀が介入観測―片山財務相「断固たる措置近い」:時事ドットコム

日本が保有する約1.2兆ドルという世界屈指の外貨準備は、確かにインドネシアが喉から手が出るほど欲しがっている強大な「武器」です。しかし、この武器には致命的な弱点があります。それは、「円安の構造」自体は何一つ変わっていないということです。

  • エネルギー自給率の低さ: 原油が100ドルを超える「新常態」において、私たちは円を売ってエネルギーを買わざるを得ない。

  • 産業競争力の停滞: 輸出企業が「ホクホク」なのは、円安という下駄を履いているからであり、製品そのものの付加価値で勝負できているわけではない。

インドネシアは、外貨が乏しいために「トリプル安」という現実をダイレクトに突きつけられ、苦悶しています。一方で日本は、過去の円高局面で積み上げた「ドル貯金」という鎮痛剤を打つことで、痛みを麻痺させています。

しかし、砂時計の砂は確実に落ち続けています。介入によって含み益を確定させ、それを政治的な「手柄」として消費し尽くしたとき、私たちの手元には、さらに価値を失った「円」と、空っぽになった「外貨の金庫」だけが残されるのではないでしょうか。

(数値をハックし、一時的な利益を最大化することを「知性」と呼ぶのか。国民との信頼関係を損なう政治の振る舞いを、「関係性の知性」という視点から問い直す一冊です。)

まとめ

為替介入によってもたらされた円の急騰。それは、政府が巨大な「過去の遺産」を投じて一時的にシステムをハック(攻略)した結果に過ぎません。しかも円はいまだ155円という歴史的円安水準のままです。その上、WTI原油価格は依然として100ドルを上回り、私たちの家計を静かに、しかし確実に侵食し続けています。

私たちは、インドネシアが直面している「縁故主義」や「バラマキ」による通貨安の迷走を、「新興国特有の不透明な政治」と笑うことができるでしょうか。

国民の痛みを「ホクホク」な利益として計上し、それを構造改革という苦渋の決断を先送りするための「埋蔵金」として消費する。この日本の姿もまた、形を変えた「不透明な政治」の極みではないでしょうか。鏡の向こう側に映っているのは、他ならぬ私たち自身の、脆弱で依存的な生存戦略なのです。

私たちが注視すべきは、介入によって円が数円動いたかどうかではありません。その介入で得られた数兆円の「利益」が、一体誰のために、何のために使われるのかという一点です。

もしその利益が、再び「近き者」を一時的に喜ばせるだけのバラマキや、特定の権益を強化するための財源に消えてしまうのだとしたら。その時こそ、私たちは本当の意味で国際社会、市場からの信頼を失い、砂時計の最後の一粒が落ちる音を聞くことになるのかもしれません。

この「ホクホク」という幻想から目を覚まし、自分たちが乗っている筏(いかだ)の危うさを直視すること。日本という筏を沈めないためにも。