「原油$100突破」という衝撃的ニュースが流れる影で、日本の製造業を根底から揺るがす通知が駆け巡りました。出光興産による「エチレン生産停止の可能性」の通告です。
出光興産「ホルムズ封鎖長期化ならエチレン生産停止も」 取引先に通知 - 日本経済新聞
多くの人はナフサ(粗製ガソリン)やエチレンと聞いてもピンとこないかもしれません。しかし、これらは「化学産業の米」であり、私たちの生活空間にあるプラスチック、包装材、衣料、自動車部品のすべての「親」なのです。
ナフサとエチレン:なぜ「生活の形」が消えるのか
私たちが日々手にする食品のパッケージ、レジ袋、シャンプーのボトル。これらはエチレンを原料とする「汎用プラスチック(PE、PVC、PS、PPなど)」から作られています。 このエチレンはナフサ(粗製ガソリンと呼ばれ原油を精製して得られる)を原料とし、その約7割を海外に依存し、主な輸入元は中東です。
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国産の限界: 国内でもナフサは精製されていますが、需要の3〜4割に過ぎません。残りはすべて輸入、それもホルムズ海峡を通ってくる中東産が主です。
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二重の途絶: 海峡が封鎖されれば、「原油」が止まり、ナフサの国内精製も止まります。それだけでなく「輸入ナフサそのもの」も届かなくなります。原油同様ナフサの国内備蓄もありますが、その量は原油に比して微々たるものといわれます。

実質賃金の回復を飲み込む「インフレの津波」
13カ月ぶりにプラスに転じた実質賃金。しかし、エチレン供給の停止は、この喜びを一瞬で打ち消すことになるかもしれません。 エチレンが不足すれば、包装資材などが品薄となり、コストアップの波が押し寄せるのでしょう。食品メーカーは「中身はあるのに包めない」という事態に陥り、代替資材への切り替えコストはそのまま販売価格に転嫁されるはずです。物価の再加速、家計を直撃する「生活コスト」の増大につながりかねません。
生活に直結する汎用プラ、産業に影響を及ぼすエンプラ
エチレンは汎用プラ以外にも、「エンプラ(高機能樹脂)」の原料にもなっています。自動車部品やスマホなどの家電製品、医療機器にも使われています。しかし、汎用プラにエンプラに比べ、圧倒的に使用が多いものです。
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汎用プラ(生活の利便性): かさばるため完成品輸入が難しく、国内コンビナートに直結しています。これが止まると生活への影響は大きなものとなります。
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エンプラ(産業の心臓): 北米のシェールガス由来の原料など、代替ソースがないわけではありません。
私たちが取るべき「4つの知略(レジリエンス)」
この「不都合な真実」を前に、中東情勢の長期化を見据えた「供給網」の見直しが必要です。
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「非ナフサ・ルート」の加速: 廃食用油やサトウキビを原料とするバイオエチレン、廃プラを再び油に戻すケミカルリサイクルの実装。
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「北米ルート」への構造転換: 中東の石油ではなく、北米の安価なシェールガス(エタン)を原料とする供給網へのシフト。
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「設計そのもの」の変革: 脱プラスチック、紙資材への回帰、セルロースナノファイバー(CNF)などの新素材へのマテリアル・チェンジ。
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「中東外ペレット」の緊急輸入: 国内プラントが止まる前に、中東に由来しない樹脂ペレットの輸入ルートを確保・拡大すること。
4項のペレット輸入拡大は現実的な手段ですが、他国との争奪戦は避けられず、調達コストの上昇を覚悟しなければなりません。だからこそ、並行して『依存そのものを減らす』脱プラへの転換が急務となります。プラ依存を減らしていく努力が求められます。
「平和とは、代替の効かない依存を減らすことで作られる。」
残念ながらこの危機の政治的解決がなかなか見通せません。国民生活を顧みない政治なのですから、仕方がないのかもしれません。私たちは、この原油・ナフサ・エチレン危機を「日本の製造業が中東依存・化石燃料依存という呪縛から解き放たれるための、痛みを伴う産みの苦しみ」に変えることができるでしょうか。
「参考文書」
アジアのナフサ価格に上昇圧力 ホルムズ海峡封鎖で調達に懸念 - 日本経済新聞
シンガポールのエチレン企業が不可抗力宣言 住友化学など日系5割出資 - 日本経済新聞
米軍のイラン攻撃、短期間なら「原油1バレル=80~100ドル」の高騰は一時的:日経ビジネス電子版
