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【連載 第3回】南鳥島開発で日本はレアアース大国になれるのか:『ブラッド・コバルト』が問いかけるもの

 中国によるデュアルユース品の輸出管理強化という現実に直面し、国内では南鳥島沖のレアアース泥開発に大きな期待が寄せられています。2026年1月、試掘という具体的なフェーズに入ったことで、メディアの論調も「資源大国への道」といったポジティブなものが目立ちます。

<主張>日本のレアアース 資源大国への一大転機に 社説 - 産経ニュース

 しかし、サプライチェーンの戦略的構築に携わる者の視点から見れば、これは手放しで喜ぶべきニュースというより、極めて複雑な課題の始まりに過ぎません。そこには、物理的な困難、バリューチェーンの空白、そして避けては通れない「コスト」という現実が横たわっているからです。また、日本が**「どのコストを、自らの責任として引き受けるのか」**も問われています。

「不可欠な資源」となったレアアースと、中流工程の不在

 現在、自動車、エレクトロニクス、再生可能エネルギーに至るまで、私たちの産業はレアアースなしには成立し得ない状況にあります。江南タイムズが指摘するように、レアアースはもはや特殊な素材ではなく、現代産業の「生存基盤」そのものです。

「中国に依存しない日本へ」──探査船「ちきゅう」に賭けたレアアース「自立」への第一歩

 しかし、資源を「掘り出す」ことができても、それを産業で使える形にするためのバリューチェーン、特に「精製・精錬」という中流工程の設計図が、現時点ではまだ描かれていません。

  • 精錬拠点の構築という難題: 世界の精錬工程を中国が独占している現状で、日本が自国に環境負荷を伴う大規模な精錬拠点を構築するのか、あるいは第三国と連携するのか。また、精錬プロセスで生じる化学廃液や残渣(ざんさ)をどこで処理するのか、この「担い手」の確定なくして、真の自律は達成できません。
  • 探査から商用へ: 現在の「ちきゅう」による試掘はあくまで実証試験です。商業化には、より大規模な採掘システムや物流網、そして莫大な投資が必要です。政府が掲げる「2030年代の商業化」という目標に対し、現場を知る者ほど、その時間軸とコストの整合性を冷静に考えるものです。

調達の眼:コスト問題をどう「内部化」するか

江南タイムズが指摘した通り、南鳥島開発の最大の壁の一つは「コスト」です。深海6,000mからの採掘、国内での精製。これらは、従来の安価な輸入品に比べ、極めて高いコスト構造になる懸念があります。

 ここで、シッダルタ・カラ氏が『ブラッド・コバルト』で描いた「犠牲の外部化」の議論を思い出してみましょう。カラ氏が告発したのは、コンゴ民主共和国の児童労働や奴隷労働に資源調達を「外注」してきたという不都合な真実です。

 これまで、私たちは安価で安定した資源を享受する代償として、他国の「人権コスト」や環境負荷を無視してきました。南鳥島での開発は、この外部化されたコストを自国に引き戻す行為に他なりません。つまり、これまで他国の犠牲の上に成立していた『安さ』を捨て、安全と倫理のための『正当な高コスト』を、日本の産業構造の中に組み込めるかが問われているのです。

  • 人道リスクか、環境リスクか: 奴隷労働に依存しない資源を確保することは、一方で「深海の生態系」という未知の環境負荷を自国で引き受けることを意味します。
  • 犠牲の所在を自覚する: 「誰かが犠牲になる豊かさ」から脱却するためには、他国に犠牲を強いるのではなく、自国の環境コストを公費や高い市場価格として「正当に負担する」という戦略的な覚悟が求められます。

自律とは「責任あるバリューチェーン」を築くこと

 かつては一部の特殊な用途に限られていたレアアースですが、今ではあらゆる製品に組み込まれ、私たちの生活を支えています。それゆえに、供給網が途絶した際の影響は、30年前の比ではありません。

 江南タイムズも警鐘を鳴らすように、自前の資源があるという「事実」だけで安心することはできません。真の自律とは、単に領海内に資源があることではなく、採掘から精製、活用に至る全プロセス(バリューチェーン)において、発生するコストや環境負荷に対して自覚的で責任ある選択を積み重ねることです。

「ちきゅう」が踏み出した一歩を、一過性の期待で終わらせないために。私たちは今この瞬間から、南鳥島開発を長期的な布石としつつも、リサイクルや代替技術の高度化といった「現実的な多角化」を同時に走らせる戦略を遂行しなければなりません。

「経済安全保障」とは、単に物資を手に入れることではありません。その資源がもたらす全ての代償に対して**「自覚的で責任ある選択」**を積み重ねていくことでもあるのではないでしょうか。

 

「参考文書」

中国政府が新たな対日輸出規制を発表、レアアース禁輸か

残念ですが「国産レアアース」は切り札になりません…日本が脱中国を実現できない“身も蓋もない理由” | 今週もナナメに考えた 鈴木貴博 | ダイヤモンド・オンライン